夏の変化

 

今年は暑い!!と

たくさんの情報を耳にした

毎年このくらい暑いし

特別感を感じてはいなかったが

盆過ぎからの

暑さ増し増し具合には

さすがに

今年は暑いと言いたくなった

 

日中はプチサウナ

たいてい盆過ぎには

多少は涼しくなると見込んでいたのに

暑さの遅延は気力体力をそがれる

 

すでに8月最終日

スーパームーン

今月2回目の満月

スーパー暑い夏の時期は

一応乗り切ったとしよう

 

 

 

 

昨年の今頃は

どうしていただろうか?

随分昔の様な気もする

 

昨年はイニシエーション真っ只中

暑さの中 痛さの中

2時間おきの☝指リハビリに励みながら

絵を描いていた

絵を描くという目的があって

随分気が紛れてくれたが

手を動かしながらでも

いらない自動思考は巡ることに驚く

 

それでも 

手作業はやりたいことであれば

 自己ヒーリングに役立つ

 

無心になれる程に

意識は集中し

いわゆるゾーンというものに入り

高次意識の作品が

生み出せる人もたくさんいる

 

 

絵は見るほうが好きだから

常に描いていたい

とまではいかないまでも

やり始めたら

他人にはどうでもいいことに

こだわってしまう質である

 

たぶん

これからは

誰にもわからない自分だけの

こだわりを突き詰め 

誰のことも気にすることなく

気兼ねなく

じゃんじゃんこだわっていい

そういう

フェーズに入っていけそうだ

 

 

☝の運動は今も変わらず必要で

もう無意識に動かし続けるのが習慣

寝ながらも自動運動していたり

お陰で随分よくなった

 

スッキリしないことも多々あるが

生活に全く支障はないし

見た目もほぼわからない

完治はしないとDrは言ったが

経過をまた見せたいぐらい

常識や過去データーの知識で

制限を受け入れたら

細胞はそうなるしかない

データーを超えた世界に入ろう

 

自分の細胞や機能を諦めない

前向きな意識継続中で

どこまで改善できるか実験中

 

 

 

 

同じ暑い夏を過ごしていても

今年は随分心の重荷が減った

苦い体験も喉元すぎれば

まいっかと思える余裕もでるし

必要だったのねと冷静になれるもの

 

パンパンに腫れちゃう指を

クールダウンさせながら

生み出された絵が旅立つと

自分も少しずつ現状から解放された

 

そう思うと昨年は

凄く暑苦しい制限の中にいた

今年の夏は自由に活動できたから

暑さがそこまで

こたえなかったのかもしれない

むしろ汗びっしょりになる程に

爽快な夏を過ごせた

やはり体あっての活動

ありがたみをひしと感じられた

 

 

 

 

暑さ増しの8月後半は

なぜか急に

マンネリ化していた家具の向きを

変えたくなった

 

超長年同じ家具の配置

飾ってきた絵も同じ

これに何か魅力を感じなくなり

ぜーんぶ変えたい衝動

お気に入りも

そんな気持ちになるなんて

 

長年

家具の配置もこれがベスト

他の配置は構造上無理

と思い込んでいたものを

思い切って変えてみると

意外に生活しやすくなった

 

固定化されていた物質や概念を

少しぶっ壊したようないい気分

 

  

 

いつかまた使おうと押し入れに

しまい込んでいた物も

引っ張り出してきて

押し入れごと物を出し入れし始めたら

引っ越し状態が一週間ぐらい続いた

  

捨てるものは段ボールぐらいで

期待するほどなかった

断捨離というより整理整頓

なんとなく

人生の整理整頓だったのかも

いつでも

 引っ越しもできそう

 

生活するって

こんなに物に囲まれてるんだなと

改めて不思議になった

 

物は使わなくても朽ちる

特にプラスティック製のものや

ビニール製のものは

どんなに大切に保管していても

使っていなければ

経年だけで朽ちるし変色すると

また実感した

 

だからあるものは全て

余すことなく使い切り

物の使命を全うさせたいと思う

 

 

 

 

 

さて

 

先日叔母が亡くなり

久しぶりに人の死を目にし

骨と灰になるところまで見届けた

 

叔母は 

随分若いころに脳腫瘍になり

片方ずつ乳癌になりと

他にも脊椎疾患、もろもろ

手術を繰り返し

一人子供を産んだが 

それが命取りにもなり

生死の瀬戸際を何度かさまよった

 

若い頃から家族にも

長生きは出来ないだろうと

心配されていた様だが 

そんなことは

微塵も感じないくらい

元気そうな人に見えていて

92歳まで人生を生き抜かれた

 

腫瘍の治療や医療

化学療法などがいい意味で

進歩してない時代だったのだろう

元気な細胞まで

過度に痛めつけることがなかった

それも良かったのかもしれない

 

 

子供頃一緒にお風呂に入り

おっぱいが無いって楽でいいね

なんてことを言った私に

そんなことないよ

寂しいもんなんだよーと

笑って教えてくれた

 

内面は葛藤だらけだっただろうけど

叔母は楽観的な人に見え

いつも朗らかにおおらかに

笑っていて

道化もバカも演じられる人だった

これが一番大切な生き様だったのかも

 

亡骸は別人かと思うほど美人で

焼骨もすごく綺麗で驚く程だった

本来の叔母の姿に戻れたのかもしれない

 

なんにしろ

そういった人生設計で生まれた人だ

人生を昇華しきった美しい姿を

最後に見せてくれた

 

人生を全うされ 

今世の地球を無事卒業された先輩に

敬意を払い肉体とお別れした

 

 

 

死があれば生もある

生があれば死もある

その繰り返し  

 

私の人生も

すべて体験しつくした

味わいつくした

そう思ってその時を迎えたい

 

 

今年も暑い夏を無事に終え

日々の体験をありがたく思える

そんな夏の変化だった

 

 

 

ここから

時代も私達も

目に見えて

どんどん変わっていく

どんな風にかわるのか

とても楽しみだ

 

変化を楽しむ体験

きっと

素晴らしいに違いない

 

 

 

 

  

昭和感漂う 風の時代の歌

君が望むままに七変化